いけちゃんの悪戯

日々のことをツラツラと綴るブログ

ノンフィクションは、想像と現実の狭間を埋めるか

先日、札幌に行ったついでにふらりと立ち寄った本屋で見つけて、帰りの特急のなかでずっと読んでいたのが、ノンフィクションライター・探検家の高野秀行さん著の『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』である。

去年あたりから、前評判良ろしく高野さんの本を読んでみたいなぁと思っていたんだけれど、実際に読んでみるとめちゃめちゃ面白かった。2019年前半は、カート・ヴォネガットブームかと考えていたが、同時進行で高野秀行ブームも訪れそうな予感がビンビンしている。

 

この『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』では、探検家の高野さんが東南アジアや南米、トルコ、日本内などの辺境や村へ赴き、現地で実際に提供されている「辺境メシ≒ゲテモノ料理」が食レポされている。本書はその記録が綴られている。

わたしはゲテモノと聞くと、東南アジアでよくあるというバッタとかイモムシなどの「虫系」の食べ物を想像していたが、読んでみるとまあ世界には、わたしたちの想像を超えるとんでもない「食べもの」があることがわかる。

猿の脳みそ、牛の脊髄の料理などのパッと見ヤバい料理の食レポから、アンデス山脈で取られるモルモット(現地ではクイと呼ばれるらしい)を食べる時はタンポポの花を散らしてなかなか美しいといったことなどがユーモラスに綴られており、とにかく読んでいて楽しい。

情報が想像力を奪うのか

この『辺境メシ』、なんとYouTubeにも動画がアップされている。実際の本のなかでの場面が映像で確認できるのだが、巨大トカゲとかタランチュラをニコニコしながら食レポしている高野さんはやっぱりいろんな意味で凄い(笑)。

 

この動画の中で高野さんは興味深いことを言っていて、それは「実際に行ってみることの希少性」についてである。

その時の話に、納豆の話が出てくる。高野さんいわく「納豆」は日本だけでなくなんとアフリカやアジアにもあるそうだ(実はその記録もすでに『謎のアジア納豆:そして帰ってきた〈日本納豆〉』という書籍になって出版されているというのだから、早く読んでみたい)。

そして、それらの存在というものはウェブやインターネットの世界では認知されていなかったらしい。だが、実際のアフリカやアジアの路上では普通にそれらの食べものが軒を連ねているのだ。

今のネット社会、現代社会を生きる上でウェブ上の情報というのはかなり大きな影響を日々の我々の行動に与えている。検索エンジンで検索すれば、大体のものを調べることが可能だ。しかし、ウェブ上の情報がこの世の全てだというのは間違いで、それらの網をくぐり抜けてなお、人知れず存在している出来事やモノというのはかなり多いはずであるし、世界はまだそれだけ未知なものとして豊かであるはずだとわたしは考える。高野さんは動画の中で、「世の中がどんどんヴァーチャルになっていくなかで『実際に行ったことがある』ということの希少性は上がる」と言っている。

 

これからは、VRとかがさらに発展して、自宅にいながら海外旅行を「体験」できるようになるのかも知れない。が、わたしはやっぱり現地の風に触れ、そこでしか味わえないものを受け取ることに人生の豊かさを感じる。

いま世の中にある情報で、広がる想像力もあれば、永久に失われてしまうかも知れない想像力もあるのだと思う。

追記:今年はたくさん旅行に行きたい

上記のように、高野本を読んだこともあるけど、今年は去年よりもたくさん旅行に行きたいと思う。わたしは慣れ親しんだ場所ばかりルーティンで訪れる傾向にあるので、とりわけまだ一度も行ったことのない場所にいくことが今年の一つのテーマでもある。

 

あとは、読書ですね。最初の方に書いたけれど、今年初めのカズオ・イシグロ熱が終わり、カート・ヴォネガット熱が発熱しそうな予感(先日、札幌の某大型書店でまとめ買いしました)。並行して高野さんの本も読めたらいいなと考えているけど、活字を消費することはないように正面から本に向き合って行きたいと思う。

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