いけちゃんの悪戯

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19世紀末は芸術パラダイスだったのか | 「クリムト展」に見る生活とデザイン精神

先日、少し用事があって東京に行ってきたのですが、そのついでと言ってはなんですが東京都美術館で絶賛開催中の「クリムト展 − ウィーンと日本1900」にようやく行くことができました。

このクリムト展、かなり人気の企画展でして美術館自体は朝9:30からオープンですが僕が行った朝10時ごろにはすでに30分待ちという。まあ、行ったのが日曜日だったということもあるのですが、日本におけるクリムトの認知率というのはなかなか侮れないなぁと驚きました。さすがクリムト。

 

さて、19世紀末ウィーンを代表する画家グスタフ・クリムト。僕が留学中に訪れた美術館(もしくはギャラリー)でもクリムトの作品は存在感を放っている。しかも、僕はその時にちょうどウィーンを訪れたのだ。まさにクリムトの生きた町である。なかでもレオポルド美術館(ここにはクリムトの《死と生》があったり、彼の弟子・エゴン=シーレの作品が数多く所蔵されている)やベルヴェデーレ宮殿(クリムト《接吻》など)は印象に残っている。ウィーンは音楽の町と呼ばれるが、僕にとってウィーンは、やっぱりクリムトの町なのだ。

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(レオポルト美術館はこんな感じ。天気が良い)

ちなみに今回の「クリムト展」の目玉の一つは、公式HPのトップにも出てくる《ユディトⅠ》であるが、普段は先にも述べたベルヴェデーレ宮殿に所蔵されている。つまり、2年の歳月(僕が留学に行っていたのは2年前)と海を越えて、僕は《ユディトⅠ》と図らずも再会したことになる。なんだか海外の友達とばったり遭遇したような感覚だ。

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(グスタフ・クリムト《ユディトⅠ》)

〈全体芸術〉とデザイン精神

彼の作品を象徴するのは、《ユディトⅠ》や《ベートーヴェン・フリーズ》に見られる金箔や銀細工を用いた平面的なデザインであるが、このようなクリムトの表現一般は最初はなかなか受け入れられなかったらしい。女性のヌードであったり、性器を露出させた絵画表現が保守的な学者や画家たちからの非難を免れ得なかったからだ。ゆえにクリムトはウィーン分離派を形成する。まさしくアール・ヌーヴォーの萌芽である。

また、ウィーン分離派の真髄はその表現手法の幅の広さにあると僕は思う。クリムトの描いた作品のほとんどが「女性」であるが、その表現方法はその時々によって様々だ。写実的な肖像画を描いた時もあれば、《ユディトⅠ》や《接吻》のような金銀細工を愛好していた時、はたまた風景画を書きまくっていた時代もある(クリムトの風景画は結構残っていて今回の企画展でも何点か見られた)。絵画作品というよりも工芸品と呼んだ方が適切なものもあると思っている。

 

これらの表現手法の根幹を貫いているのは、ウィーン分離派作家のデザイン精神だ。クリムトの父は金銀細工師だった。そして19世紀末はデザイナー、ウィリアム・モリスなどのアーツ・アンド・クラフツ運動の世の中だ。それはつまり、生活の全てにおいて美を求める「全体芸術」のユートピアであったのだ。クリムトは工芸学校に通っていた時代に建築装飾を学んでいたそうで、僕の中でクリムトは画家というよりもデザイナーというイメージの方が強かったりする。特に彼の創始したウィーン分離派は「ヴェル・サクルム」という芸術雑誌を創刊し、グラフィック・アートが花開いたのもそのあたりらしい。19世紀末は芸術の大きな転換期なのかも知れない。

 

19世紀末は芸術パラダイスだったのか?

不思議なのは、都美術館の「クリムト展」に行ってみて《ユディトⅠ》や《ヌーダ・ヴェリタス》を見ることができたんだけど、一番に印象に残ったのはクリムトやウィーン分離派の仲間たちが手がけた〈分離派展〉のポスターであったことだ。下にあるのはクリムト自身が手がけた「第1回分離派展」のポスターなんだけど、僕がこれから感じるのはアール・ヌーヴォーがまさに始まろうとする強い時代精神である。一つの時代から新たな時代へ。これまであったものをぶっ壊して、まだ見ぬ「美」へと向かおうとする強烈な意思を感じるのは、パトロンに依頼されて製作した絵画や壁画に限らず、もっと身近なポスターであったり、ポストカードであったり、本の装丁だったりするものだ。

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(クリムト自身がデザインした第1回分離派展のポスター)

 

19世紀末のヨーロッパは、生活のいたるところに芸術が入り込む余地がたくさんあって(もちろん現代社会でも受け継いでいる部分はたくさんあると思うけど、やっぱり何かが勃興した時の、生まれたての熱量とか勢いは特筆すべきだと思う)、少しだけそんなアール・ヌーヴォー黎明期の世界に憧れてしまう。そして、前回のエントリにも書いた、ウィリアム・モリスの「人生はバラで飾らねばならない」という言葉の真意はまさにここ。ウィーン分離派の作家たちは、芸術のパラダイスを謳歌した人たちでもあったのでしょう。

 

ちなみに今回、「クリムト展」へ臨むにあたり実は予習をしていっています。参考文献は評論家・海野弘氏著の『グスタフ・クリムトの世界 女たちの黄金迷宮』です。これ一冊を読んでいっただけで19世紀末ウィーンの時代背景であったり作家性などの概観が掴めて、企画展を楽しむのに非常に役に立ちました。イラストも大きくて見やすいし、装丁は凝ってるし、クリムト周辺の人間・芸術関係も網羅されているしで、なんとも得した気になっちゃう一冊です。

 

グスタフ・クリムトの世界-女たちの黄金迷宮-

グスタフ・クリムトの世界-女たちの黄金迷宮-