いけちゃんの悪戯

日々のことをツラツラと綴るブログ

自分の世界を広げる方法

前回のエントリでセネカの「運命を無視すること」について少し触れたのだけど、それについて、もう少し書いておこうと思う。運命を無視するとあるが、逆に「運命を無視しない」状態とは一体どういう状態だろうか。僕はそれは端的に述べると周囲に流されることだと思っている。

ただここで厄介なのは、僕自身含め多くの人が、自分は周りに流されていないと考えている点ではないだろうか。果たして、私はやりたいことを自分で選んでやっている、全ては私の自由意思のままにあるのだと断じて言えるだろうか。去年のいつだったかは忘れたがダン・アリエリーの『予想通りに不合理』という本を読んだ。大変申し訳ないが、内容自体もけっこう忘れてしまったのだけど、人が当たり前に何かを選択していることは実はよくよく見てみるととても合理に欠いており、その不合理な選択をしてしまうことには規則性があるという(内容だったはず..)。

要は、自分の選択は自由意思によってなされていると思い込んでいるケースが多々あるということである。判断の裏側には、他人からどう見られるかとか、どう見られたいとかそういった思念が潜んでいると僕は思うのだけど、その思念を100%排除することはかなり難しいんじゃないかと感じている。運命を無視するということは、周りに流されないことに限りになく近いと思うんだけど、その実践は容易ではない。ただ、だからと言ってそれを止める理由にはならないのだけど。

 

予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

自分の世界を広げる方法

ここ数日は縁あって近隣住民の方と仲良くなって、食事に連れていってもらったり、逆に料理を振舞ったりしているのだけど、会社の人以外とこんな風に交流を広げることができたのは、自分にとって大きな幸運だと感じている。

アイデンティティーの形成には、二つの資産が関係しているとこの前話を聞いた。一つは、家や車や衣服などの有形資産である。一方、スキルや情報や人的ネットワークは無形資産と呼ばれる。このどちらか一方が重要とかではなく、有形資産と無形資産がお互いにシナジーを生み出して唯一無二のアイデンティティーは形成されるのだとか。それを踏まえると近隣の方と交流を深めていくことは人的ネットワークを築いていることに相当するのだけど、 0から人的ネットワークを作っていく、広げていく経験って今までほぼなかったんですよね。そして、そこにあるのは「誰かとの思いがけない出会い」である。

ただ、知らない人との出会いは往々にして楽ではない。最初にあった時は相手に気を遣ったりとエネルギーを使うからだ。これは旅に似ていると思う。自分の世界を広げるために知らない土地へ旅にいくことは有効だ。しかし、旅も楽ではない。お金も時間もかかれば勿論体力も使う。でも、僕がどこか新しい土地に行ってみたいと時たま思うのは、未知との遭遇によって良くも悪くも自分の世界はまた少し広がっていくからである。誰かとの出会いも、そうである。自分と全く異なる人生を歩んできた人と交流することは、時には苦しさもあるが未知との遭遇も潜んでいる。そこにもたらされる「偶然」は結果として自分の世界を広げることに繋がっていく。

 

だから今、幸いにも新しい人たちとの交流に恵まれてけっこうラッキーだなとしみじみ感じています。そして、「誰かと繋がっていく」という経験はおそらく習得できるスキルみたいなもので、まあ簡単に言えば人付き合いの仕方なのだろうけど、僕にとって一つの自信になりつつある。

いつか自分が今住んでいる北海道を出て、他の土地に移り住んだとしても何かしら世界を広げる方法を身につけているということは大きな強みだと感じる。

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