いけちゃんの悪戯

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サン=テグジュペリ『夜間飛行』/ 何かを捨てなければ前に進めない

「いつか読むだろう」と、ずっと放置されていたサン=テグジュペリの『夜間飛行』。恥ずかしながらようやく読めたので、今回はそれについて書いていきます。

ちなみに『夜間飛行』はいくつかの訳者・出版社から出ているけど、僕が今回読んだのは新潮社から出ている堀口大學訳のもの。

夜間飛行 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)

 

 著者のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは1900年フランスのリヨン生まれ。言わずもがな『星の王子様』もしくは『人間の土地』で知られる作家だ。しかし、彼に一際視線を集めるのは、パイロットとしての経歴と第二次世界大戦で召集され、1944年7月に出撃した後、地中海上空で行方不明になったという事実であろう。ゆえに彼の作品も操縦士としての経験をもとに語られるものが多い。

 

 

さて、『夜間飛行』のあらすじはこうだ。

かつて夜に航空機を飛ばすということがはるかに危険であった時代。パタゴニアから、飛行士ファビアンと無電技師を乗せた飛行機がブエノス・アイレスへと帰還しつつあった。ブエノス・アイレスにて帰還を待っている郵便飛行の支配人リヴィエールは常に冷徹で、厳しく部下にも飛行士にも当たっている。それだけ、夜間飛行便の開拓に対する彼の使命感は強く、同時に責任者の抱える大きな重圧をひた隠しにしていた。

パタゴニアからブエノス・アイレスまでは2時間もかからない距離である。が、出発から6時間経った現在、ファビアンの操縦する飛行機はいまだに目的地へと戻ってくる兆しがない。むしろ、無線電信すらも繋がらない。ファビアンの飛行機は雷雨による悪天候に捕まり、着陸することができず、孤独に上空を彷徨っていたのだ。残りの燃料もわずかしかない。もちろん、帰りを待つリヴィエールにも連絡は届かない。しかし、彼はわかっていたのだ。ファビアンが無事に帰還することが、もはや絶望的だということを。

 

本文にも出てくる表現なんだけど、「夜間飛行』のなかで描かれるのは、社会的幸福と個人的幸福の相克だ。本文では「事業と、個人的幸福は両立せず、相軋轢するものだ」という風に書かれている。社会的幸福とは、本書なら夜間でも郵便飛行を安全に飛ばせる社会になることであったり、不特定多数の人がその恩恵に預かるようになることだと思う。一方で個人的幸福はもっと具体的で、好きな人と一緒に過ごしたり、趣味に没頭したり、恋愛したりだ。

リヴィエールはもっぱら、夜間飛行便の開拓という事業、社会的幸福の実現のために人生を捧げているような人物です。ただし、その実現には犠牲が、痛みが伴うのです。自分が鼓舞し、送り出したパイロットが二度と飛行から戻って来ない。自分の使命感が誰かの「ありえたかもしれない」幸せを破壊しているのではないかとリヴィエールは自問自答します。所詮自分のしていることは、古代インカ文明の権力者が多くの民衆に苦役を強いて、山頂に寺院を建てさせたことと変わらないのではないかと。

何かを捨てなければ前に進めない

そんなリヴィエールとその周辺人物を取り巻くのは、代償の原則である。何かを得るためには、何かを犠牲にしなくてはいけない。何かを諦めなければならない。リヴィエールの場合、郵便飛行の未来のために、飛行士や部下たちの「ありえたかもしれない」幸せや未来を犠牲にしている。それを避けては前に進むことができない。そして、その人生を選んだリヴィエールに幸福が訪れるのは、夜間飛行便が安全な航路として社会的に認められたときだけなのです。

そして、かく言うリヴィエール自らも個人的な幸福を犠牲にしている一人なんですよね。

 

「ルルー、君は一生のあいだに、色恋に力を入れたことがあったかい?」

 

「色恋ですかい、旦那、何しろどうも......」

 

「君も僕と同じだ。君にも時間がなかったのだ......」

これは物語の冒頭あたりで、リヴィエールが老職工と会話をする場面なんですけど、このやりとりだけで、僕は涙腺刺激されまくります。この冷徹な支配人は、どれだけの時間を夜間飛行の実現に捧げてきたのか。どれだけの犠牲を払ってなお、いまだ報われず、前進し続けているのかと。

社会的幸福と個人的幸福のどちらが、優れているのかという問題ではないのです。この物語にて美しいのは、リヴィエールや飛行士たちの、前に進むために大切なものをも捨てる覚悟が美しいのです。

 

★★★

すなわち人間の幸福は、自由の中に存在するのではなく、義務の甘受の中に存在するのだという事実を、明らかにしてくれた点に感謝する者だ。この小説中の人物は、みながそれぞれ、その義務とする危険な役割に、全身的、献身的に熱中し、それが成就したうえでのみ、彼らは幸福な安息を持ち得るのだ。

フランスの小説家アンドレ・ジッドが『夜間飛行』の序文で捧げたこの言葉が、この言葉を信じることがどれだけ救いになることだろう。

ずっと積ん読状態だった本書でしたが、読んでよかったです。何かを捨てあぐねている人は、ぜひ手にとってみてほしい一冊です。