いけちゃんの悪戯

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孤独と孤独感について/村上春樹『トニー滝谷』

つい先日、突然村上春樹の小説が読みたくなって、その日の内に書店で購入した『レキシントンの幽霊』がとても面白かったです。特に本書に収録されている7つの短編の1つである『トニー滝谷』が印象に残っているので、今回はそのレビューです。

 

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

 

 

『トニー滝谷』のあらすじはこうだ。

「トニー滝谷の本当の名前は、本当にトニー滝谷だった」という一文から始まる。彼はハーフでもクォーターでもない。彼の両親はれっきとした日本人だ。彼の父親は滝谷省三郎という。彼は太平洋戦争前から少し名の売れたトロンボーンのジャズプレイヤーだった。戦争が終わって省三郎は結婚する。相手が母方の遠縁にあたる娘で、結婚した翌年に子どもが生まれた。その三日後に母親は死んだ。省三郎はそのような事態について、どのように感じていいのか分らなかった。毎日、アメリカ軍基地のバーに行き(彼は戦争が終わってからジャズバンドを結成し、米軍基地巡りをしていた)酒を飲んでいたところ、ジャズプレイヤーとして活動していた時から親交のあった米軍少佐に自分が子どもの名付け親になろうかと持ちかけられる。そこで名付けられた名前が「トニー滝谷(正式には滝谷トニーだが)」だ。

しかし、そんな名前をつけられたおかげでトニー滝谷は学校にうまく馴染むことができなかった。友達らしい友達もできず、すっかり引きこもりがちな少年になってしまう。が、彼にとってそれはあまり辛いものではなかった。すでにひとりでいることは彼にとって自然なことであり、一種の人生の前提にさえなってしまっていた。加えて、父親の省三郎もしょっちゅう楽団を率いて外遊しており、幼い頃は家政婦が面倒をみていたが、小学校高学年にもなるとトニー滝谷はなんでもひとりでこなすようになっていく。彼は絵を描くのが好きだったので、毎日部屋にこもって絵を描き続け、高校卒業後は美術大に進学した。彼はイラストレーションの才能に恵まれていたので、美大卒業後に仕事に不自由することはなく良い金をもらっていた。仕事も楽しかった。だけど、依然として彼には己の何かを打ち明けるような友達はひとりもいなかった。ガールフレンドも何人かできたが結婚を考えたことは一度もなく、むしろ結婚の必要性をまったく感じなかったのだ。

ところがある日、彼は突然恋に落ちる。相手は彼の事務所にイラストレーションの原稿を取りにきた出版社のアルバイトの女の子だった。恋に落ちた、彼女に惹かれた理由を説明することはできなかったけど、トニー滝谷は思い切ってその娘に結婚を申し込む。彼女が考えている間、彼は急に毎日酒を飲むようになる。そして、仕事も手につかなくなり、苦悶のときを過ごすことになるのだが、このときに彼は初めて気づくのだ。実は自分がずっと孤独であったということに。

孤独はいつもそばにある

作家の角田光代さんが著書『これからはあるくのだ』に収録されている「孤独三種」というエッセイでも述べているように孤独にも種類がある。村上作品に登場する男性は基本的に孤独である。お金もある程度の交友関係もあるのだけど、まさしく孤独なのである。それは今述べたお金がないとか話す相手がそばにいないといった不安や退屈とは一線を画している。角田さん流にいうならば「その場にある孤独」である。それはひとり旅をしているとき感じる孤独(これはむしろ「退屈」という感情だと角田さんは言うけれど)とは異なり、日常生活の中で、少しずつ蓄積される孤独である。

友と手をふってわかれて上機嫌でベッドにもぐりこみ、幸せな眠りをむさぼって、それでもときおり、ずうずうしい同居人のように部屋に居座った孤独と、しみじみ顔をあわすことがある。まさに自分の位置と同じ質量の孤独である。すぐに話せたりすぐに会えたりする友達がいて、確固とした自分の位置があるこの場所で、まったく孤独は、私と同じ存在感でもってそこにあるのだ。笑ってしまうほど当然のように。呆れてしまうほどのさりげなさで。

確固とした自分の居場所を作るということは同時に、孤独を溜め込む場所を作るということでもある。大切なのは、孤独と孤独感を区別することである。

 

これからはあるくのだ (文春文庫)

これからはあるくのだ (文春文庫)

 

 

 孤独と孤独感について

孤独とは牢獄のようなものだと彼は思った。俺はこれまでにそれに気づかなかっただけなのだ。 

 トニー滝谷が漏らすように、孤独と人生はいつも隣り合わせであるが、それに気づいているかいないかで状況は変わってくる。むしろ、自分が孤独であるということを気づいていない方が幸せなのかもしれない。ただし、孤独と孤独感は大きく異なるのだ。孤独は状態であり、孤独感は感情である。そして、状態よりも感情の方がコントロールしやすいと個人的に考えている。状態よりも感情の方が主観に左右されるからである。

じゃあ、どうやって孤独感をコントロールするのかという話になってくるのだけど、その方法の一つは、何かに夢中になることで「孤独である状態を忘れる」ことである。孤独であることを変えることは難しいけれど、自分は孤独だという思考をストップさせることは可能なはずだ。

だから、孤独に押しつぶされそうだという人がいたらだけど、やっぱり何か楽しいことでもしてその気を紛らわすのが、正攻法なのではないかと思っている。孤独というものが状態である以上、自分の感情をコントロールする方はずっと楽だし、賢明だ。

 

★★★

 

村上作品には、孤独(もしくは孤独感)と向き合う登場人物がたくさんいる。トニー滝谷もその一人なのだけど、それぞれが孤独に対して、なんとか逃れようとしたり、忘れようとしたり、諦めたりしている(トニー滝谷がそのあとどうなるかは実際に読んでみてほしい)。特にこの短編集『レキシントンの幽霊』には、孤独を抱える男女の物語がたくさん収録されていて、なかなか読みごたえがあります(『氷男』とか『沈黙』とか!)。

あとは映画『トニー滝谷』もとても気になるところではあります。

それでは、最後は表題作『レキシントンの幽霊』から印象に残った一文を引用して終わりにします。気になる方はぜひ読んでみてください!

「ひとつだけ言えることがある」とケイシーは顔を上げ、いつもの穏やかなスタイリッシュな微笑みを口元に浮かべて言った。「僕が今ここで死んでも、世界中の誰も、僕のためにそんなに深く眠ってはくれない。」 

 

 

トニー滝谷

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